群馬県弓道連盟
会長挨拶 群馬県の弓道 役員・諸規則 年間行事 支部一覧 道場一覧 群弓連だより リンク
群馬県の弓道

ぐんまの弓道
(1)(2)
 後閑縫之介(教士七段)

戦後の復興期

 戦時中武道教育の期待が大きかっただけに、戦後の反動は大きかった。文部省(現・文部科学省)は連合軍司令官マッカーサー元帥の命を受け、学校からの封建的、軍国主義的色調を完全払拭するため、武道の禁止が指示される。

 大日本武徳会は文部省と折衝する中で、今後柔道、剣道、弓道等がそれぞれ同行者により民主的新組織を作り、国民的スポーツの更正発展のため自主的解散を宣言したが、GHQの意向が強く昭和21年11月7日解散を命ぜられた。

 当時の大日本武徳会役員(昭和21年6月7日現在)弓道関係抜粋

副会長 理事長 宇野要三郎
常務理事 香坂 昌康
理事 小笠原清明
監事 樋口  実
弓道部会長 宇野要三郎

 群馬県支部役員(弓道関係)

支部長 北野 重雄(知事)
顧問 高麗長太郎
常議員 高塚徳太郎
五十嵐仲蔵
監事 山口登喜太
支所長 各警察署長

  弓道教師

[有給]

教士

高塚徳太郎(渋川)

[名誉]

教士

高麗長太郎(富岡)

五十嵐仲蔵(岩鼻)

錬士

荻原喜代次(伊勢崎)

錬士

青木三代吉(南橘)

岩井 清(水上)

斉藤 友治(前橋)

井上 義蔵(木瀬)

渡辺 明康(桐生)

山口登喜太(前橋)

古川 洋(木瀬)

一等

稲毛田光治郎(前橋)

 昭和21年4月斉藤友治が、自邸内に道場を設け、有志に開放、やがて前橋親弓会再開される。県内にも組織結成の声があがり、会長高塚徳太郎、副会長五十嵐仲蔵、斉藤友治により群馬県弓道連盟が発足した。

 大日本武徳会解散後昭和22年、全日本弓道連盟(会長宇野要三郎)が発足、群馬県弓道連盟もこれに参加する。会員数463名で有力な加盟団体となっていた。

 前橋空襲で焼け残った武徳殿において4月23日春季大会、続いて第一回審査が4月27日開催される。

 中央弓界では昭和23年12月、全日弓連が解散。昭和24年5月日本弓道連盟(会長樋口実)が24地連3団体で加盟し発足した。

 群馬県弓道連盟も加盟、県連盟2代会長五十嵐仲蔵は理事となった。